「21世紀を考える旅館」論文大賞受賞作品

このページの論文がJTBトラベラント主催の「21世紀の旅館を考える」論文において最優秀論文賞と賞金50万円を受賞しました。この論文を書いた佐知子さんは、長男の嫁にあたります。現在、壱岐でデジタル女将(修行中)受賞したのは数年前なのですが、この論文ほど最も当館の「からへえの間」、人間関係をあらわした論文はないと思っています。ちょっと長いのですが参考までに読んでくださいね。

文/女将平山宏美

21世紀に望まれる旅館の在り方

その部屋でかっちゃんと呼ばれる初老の漁師さんが目の前で私にさっき採れたばかりの生きたウニを割ってくれた。その時、都会と言う不自然な場所で育った私は恥ずかしながら生きている自然のウニを偽物の様に思ってしまった。

現実の漁師さんを見たのも初めての経験だった。それまでの漁師さんと言えば教科書に出てくる数字、統計になった漁師さんでしかなかった。その旅館は私に初めての経験をたくさんさせてくれた。大都会に育てば田舎は知らない事の方が多いのだ。

現在の日本社会の中には大都会の論理が大手を振ってまかり通っている。過密、過疎、情報社会、宗教問題、これら全ての問題は実に都市自体の問題なのだ。田舎は自らの意志により過疎化したわけではない。しかし都市は自らの意志により肥大化し過密化してきたのだ。この前提を忘れては田舎を語れやしない。まして田舎の旅館など語れるはずもないのだ。

都市の需要が日本の構造社会を変化させたように伝統に裏打ちされた独自のアイデンティティを持つ所意外は自らを都市のニーズに合わせていかねば経営がなりたたないという現実があった。しかしあえてこの様な旅館にこそ逆の発想をしてみたいのだ。

九州の福岡から船で二時間程揺られると壱岐という島に着く。その島の温泉旅館の女将に私は知り合う機会があった。女将に頼み込んで長期に渡ってアルバイトとして長逗留をさせていただいた。

その旅館は昭和46年、女将が長男を出産した当時にはわずか女将、館主、仲居さんの三人で運営されるような小規模旅館であったそうだ。ところが現在は新館を含めて従業員六十人近くが働く離島にしては大きな旅館となっている。この成功の理由を私は女将が常に言う「地域と育つ旅館」だと思っている。わたしのこの旅館での経験から望まれる日本旅館像を探って見たい。「お客様あっての旅館」という言葉がある。当然の事だが、客なしには旅館は考えられない。

ではどうすれば客は来館してくれるのだろう。これは旅館にとっての永遠のテーマであると思う。多くの経営者はその答えをサービス、料理、設備の三要素と断言する。これは確かに至言である。しかし料理は当然としてもマニュアル化されたサービス、大資本投下の画一設備は決して中小含めた全旅館で応用できるようなものではないだろう。

私を含めた利用者はそんなことは望んでいないと思う。旅館には画一化されたマニュアルのサービスなど必要ないのだ。

地域ごとに特徴がでるのが旅館の魅力のはずだ。もし鹿児島と北海道の旅館が全く変わらない内容であれば旅館である意味はない。サービスは旅館毎客を思うもてなしの心から考えてその時に一番良い方法をとればいいのだ。

さて地域との共生を考えているその旅館には独特の空間がある。そこは旅館と直接関係のない地域住民、館主、女将と客の三者が同時に話せる場所なのだ。彼らは地酒をあおりながら土地の話に花をさかせたり明日の釣りの話を楽しそうにしていた。

そこは都会と田舎の接点の場所なのだ。遠来の客も自動的にその部屋の主となり、いつの間にか同じく地域の住民の一人となるのだ。毎日行われる酒宴は無料の焼酎、肴であった。その理由は焼酎は前日の客の余り物だし肴は館主が作る趣味の物であるからだ。それゆえ彼らはこの部屋を地方の方言で「ただ」を意味する「からへい(空灰)」の間と呼んでいた。

私がその部屋で関したのは何か不思議と心地よい感情を浮かばせるような文化の薫りだったと思う。

これからの旅館は都会の人にとっては地域とを結びつける接点であり、地域民にとっても旅館は都会と彼らのを結びつける接点であらねばなるまい。この旅館のからへいの間は地域民には都会でも田舎でもない文化を思わせる無国籍空間でもあるのだ。例えばこの部屋から生まれた島よせコンサートと呼ばれる文化活動がある。

島外から歌手や演奏家を呼んで島でコンサートを開くのだ。この活動は娯楽の少ない離島の人に本場の芸術を提供してきた。始まって十年間、出演者の国籍もフランス、アメリカ、中国と多岐に渡っている。夜、芸術家たちが集まるのもこのからへいの間なのだ。壱岐の小さな旅館の一室から生まれた文化が世界に広がって、またこの一室に凝縮していったのだ。

この部屋は私にとって人生勉強をさせてくれた場所でもあった。あるときは漁師さんの実用天気講座が開かれ、またあるときは大学教授によって島の経済が語られた。はてはパチンコ店主のパチンコはやるものではないと言った話には心から納得させられた。

この部屋は特殊な空間であり私に田舎に来ている事を自覚させなかった。他の客も同様に感じていたと思う。都会よりもそこでは多くのことを学べたし人々は矜持を外していたからこそ、その話題には尽きる事がなかった。同じ都会から来ている客がそこを接点として知り合っていた。その部屋に来ていなかったら知り合う事がなかたであろう人同士の縁結びの役割もしていたのであった。

この部屋は特殊な空間であり私に田舎に来ている事を自覚させなかった。他の客も同様に感じていたと思う。都会よりもそこでは多くのことを学べたし人々は矜持を外していたからこそ、その話題には尽きる事がなかった。同じ都会から来ている客がそこを接点として知り合っていた。その部屋に来ていなかったら知り合う事がなかたであろう人同士の縁結びの役割もしていたのであった。

「参加性」と言う言葉がある。からへいの間は旅館造りへの参加性を持っていた。私がそこで肴のすり身をしているとそれをみた客がすりこぎを奪って楽しそうにその作業をした。そこでは館主が撃ってきた自然の鴨がさばかれている。それを見ると料理が作られている行程は一目瞭然だったし、鳥は当然加工されて出てくると思っていた私にはカルチャーショックだった。年末の餅つきには毎年必ず来る常連の客もいた。旅館家族の行事にも客は参加していたのだった。そのことが皆同じく旅館造りに参加している連帯感を感じさせるのだ。

現在、その旅館で行われているサービスに蕎麦畑の摘み入れ、蕎麦打ち、磯遊びなどの参加性の高い催し事は多い。参加性ばかりを旅館は重視しているようだが客自身が旅館に対して様々なニーズを持っている事を知っているからこそ全てが強制ではない。ある人は静養したい、ある人は子供に日本の伝統行事を知って欲しい、観光をしたい、それは多岐に渡る。

だから必ずしもある人が喜んでくれたからと言って他の客も喜んでくれるわけでもない。多種多様な客に対して旅館はサービスを変化させる必要があるのだ。そういう小回りのきく事が旅館の美点であったはずだ。

客が望んでいるのは紋切り型のサービスではない、奇抜な料理を出すことでもない。むしろ都会にない人と人とが触れあう空間の存在は旅館が新しく生まれ変わるためには必要だ。その事に旅館は気づき始めていたのだった。

この旅館では去年よりある東京出身の女性が支配人として働いている。彼女は壱岐に親戚や関係者がいたわけではない。ただの宿泊客であった彼女は求人の情報をからへいの間で知って旅館造りに参加したのだった。

彼女はからへいの間で島ぐらしの良さを感じて東京でのプロデューサーと言う仕事を捨て一念発起、壱岐に来たのだった。からへいの間は行政もなかなかできないIターンでさえ実現している。

これからの旅館に必要とされるのは地域住民と共生しながら文化の発信地となることだ。旅館は元々特性として昔より文化の受信、発信地となってきた。古来メディアを持たなかった時代には地方文化を発信させた場所は旅館でしかありえなかったのだ。

今こそ旅館はその特性に目覚め文化を興し地域に貢献すべく本来の姿に戻るべきなのではないのだろうか。それは都会人に対しては田舎の良さを紹介する場所であり、参加させる場所でもあろう。

地域の人たちにも旅館の活動を通して自分たちの田舎の良さを自覚してもらう事を目指す。さらに彼らにも旅館造りに参加してもらう。21世紀の旅館は人を泊まらせるためだけにあるのではなく地域のシンボルとして存在していくのが望ましい。それが新しい旅館の在り方ではないかと私は考えるのだ。

旅館造りに参加した客にとってその旅館は思い入れの深い存在となっていく。このように人は人を呼び、その旅館は宿としてだけではなく新しい旅館形態へと変わっていくのである。文化は時代を越えて生き続けてきたのだ。その文化が場所を越えられないはずはない。それは決して都市に対して虚勢を張るのではない。ありのままの姿で地域の特性を理解してもらう事が重要なのだ。

田舎は人が素朴だ、人情があると誰もが口々に言う。ではその良さを解ってもらう方法を旅館は実際に取ってきたであろうか。どんなに田舎が良かろうと一部の人しか分からない良さでは意味がないのだ。出来るだけ多くの人びとに分かってもらう努力が必要なのだ。それは心がけしだいでどの旅館にも可能だが巨大化したホテルには難しいことなのだ。そしてそれがホテルにはない旅館の良さになるのだ。

から望まれ旅館とは文化を発信し過疎化、地方文化の事を自らの問題として考えられる旅館だと言えよう。そして旅館独自の魅力を客に対しても地域民にも出していく。それが地域と共生できて地方文化の灯を守っていく21世紀の旅館の姿なのだ。

私がこの旅館の魅力を分からせてくれたのは漁師のかっちゃんの言葉だった。「おらぁね。ただ地元に来ちくれた客だからって気は使うちょらんよ。この旅館の客だからサービスしちょるったい」このように地域住民、来館者にすかれて成長を我が子の事の様に望まれる旅館にこそ私たちは訪れてみたいのだ。